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福岡高等裁判所宮崎支部 昭和46年(く)33号 決定 1971年12月24日

少年 G・J(昭二八・一二・三生)

主文

原決定を取り消す。

本件を鹿児島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意は、附添人弁護士田島政吉作成の抗告申立書に記載のとおりであるからこれを引用し、これに対する当裁判所の判断は、次のとおりである。

所論は要するに、原審のなした少年を鹿児島保護観察所の保護観察に付する旨の保護処分の決定は、処分に著しい不当があるので、その取り消しを求める、というのである。

よつて審査するに、少年保護事件記録および少年調査記録によると、本件非行の概要は、昭和四六年二月二六日○○○○高校二年生の教室において、少年の同級生G・Yが同級生T・Kに対し両手拳でその顔面を数回殴打し、その後約一〇分位経過した頃、少年が右T・Kの顔面を一回殴打し、これらの暴行によつて同人に対し治療二ヶ月間を要する下顎骨骨折の傷害の結果を生ぜしめたが、その傷害の軽重を知ることができない、というのである。しかして、右非行の動機は、少年が短気な怒りつぽい気質を有し、かねて被害者T・Kのきざな態度に反発し快からず思つていたところへ、G・Yの前記暴行を目撃するにおよんでこれに刺激され、攻撃的衝動にかられたものであるが、非行の態様が左手挙でしかも一回だけの殴打に止まつているところからみると、攻撃意図はさして強いものではなかつたことが窺われる。しかるに非行の結果は少年の予想しなかつた入院四一日間、全治までに二ヶ月間を要する下顎骨骨折の重傷であるが、これはG・Yの暴行と競合した結果であつて、その結果の重大さによる非難のすべてを少年に帰せしめるのはいささか妥当を欠くといわなければならない。しかして少年には過去に非行歴はない。少年は知能的には普通域にあつて、前記のように短気な気質を有しているほか、性格的には表面をつくろう八方美人的傾向がなくもなく、小心で積極性に欠けるが、情緒的には落ち着きがあり、全体として偏りの少ない人格特性が認められ、特に本件を契機として自己の非を内省し十分に自覚するところのあつたことが認められる。家庭には、父、母、姉、兄とあり、父は鹿児島鉄道管理局に勤め一週二日だけ帰宅する習わしであるが、母は豆腐製造を行なつていて少年はよくこれを手伝い、家族相互間に葛藤や反目はなく、問題のない家庭であり、少年は父母によく従つていることが認められる。少年の学内生活は高校三年生になつてそれまでには無かつた欠席、遅刻、早引が目立つがこれはぢ疾のためであつて、いわゆる怠学によるものではなく、成績は中位であるが担任の教師からも信頼されていて、ここにも別段問題がなく、また交友関係をみても、非行性を帯びた友人はなく、非行グループなどとの関係もないことが認められる。このような少年の資質や生活環境の諸状況とも照らし合わせると、本件非行の要因は行為環境に支配され誘発された偶発性が極めて強いことが認められる反面、素質や境遇が主要因を占めているものとは到底認め難く、保護者も本件を機に真剣に少年の監督保護に努めており、かつて少年に非行の危険性が仮に認められていたとしても、現在では極めて薄いものであり、一過性に消え去るものとみて恐らく誤りのないところであろう。しかも少年と保護者間の前記のような信頼関係から考えて保護者の監督、指導を主とする保護能力にかなりの期待を寄せ得るところである。しかして、被害者に対しては少年のみならず保護者においても心からその非を詑びるとともに保護者において損害を賠償し、慰謝に努めており、その結果、被害者は少年の非を許し、その被害感情も融和されていることを認めるに足りる。

以上の諸事情をかれこれ総合すると、少年に対する再非行の危険性は極めて低く、少年に対する処遇は、在宅による、しかも保護者のみによる監督指導にゆだねても十分に保護の目的を達成し得るものというべく、保護観察による専門家の指導援護をまつまでの必要はないものといわなければならない。しかるときは、原決定には処分に著しい不当があると認められるので、論旨は理由がある。

よつて、本件抗告は理由があるので、少年法三三条二項により原決定を取り消したうえ、事件を原裁判所である鹿児島家庭裁判所に差し戻すべく、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 淵上寿 裁判官 真庭春夫 笹本淳子)

参考 附添人弁護士田島政吉の抗告理由(昭四六・一二・二)

少年は昭和四六年二月二六日○○市○○○町所在の私立○○○○高等学校の教室において同級生G・Yが同級生T・Kの右顎を右手拳で前後三回強打した後同人の右顎を左手拳で一回殴打し被害者T・Kは治療二ヵ月を要する右下顎骨骨折の傷害を負うたものであるところ、その傷害はG・Yの殴打によるものか少年の殴打によるものか判別し難いものであつたところ原裁判所は少年に対しG・Yと同様保護観察に付するのが相当であるとしてその旨決定をなしたのであるが、右決定は著しく不当である。

少年はかねてT・Kの態度が気に喰わなかつたところから二年生の三学期の頃喧嘩したことがあつたが不仲の状態は解消していなかつた。

本件犯行の直前にG・YがT・Kの態度を非難して顎を殴打したのをみていた少年は之に勢を得てT・Kの右下顎部を一回殴打したのであつたがその非をさとりその夜母と共に被害者方に赴き陳謝し後に少年の父は被害者の治療費をG・Yの親と共同して全額負担して支払い示談が成立したので被害者も少年の処罰を望まず宥恕したのである。

少年の資質は学校照会の回答によれば責任感と根気に聊か欠けるところがあり行動傾向に目をはなされない点があるにしても判断力はしつかりして居り情緒に問題はなく学習態度も立派であつたことが明らかであり父が単身職場に赴任していて土曜日曜に帰る事情にあるとしても家では母と姉がいて母は豆腐製造をして居り姉は小学校の職員であつて家庭の環境は決して悪くないし保護者の保護能力に欠けるところはない。

少年は両親が理解があり尊敬していて不平不満はないと供述して居り、酒、たばこの悪癖もなく学校も規則のきびしい指導をしていて本件犯行の外に昭和四四年九月道路交通法違反があるが、別に非行の傾向のない少年である。

検挙した警察官も右諸点を考慮して審判不開始の意見を付して送致して居り調査官も犯行の動機はG・Yの殴打に触発されたもので少年らしく犯行後一週間位食事をとらず深く反省したし被害者も宥恕しているので不処分相当の意見を付していたものである。

少年は来春卒業の予定で近く就職も決定するものであるので保護処分に付せられることにより就職にも悪い影響を及ぼすことが明らかであるので諸般の事情を考慮して原決定を取消し本件は不処分とされたい。

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